さろんのブログ

いろいろ書いていこうと思います。

見え隠れしている…

「私はあなたを愛しています」の裏側には往々にして「愛していただきたい」が見え隠れしている。愛というものは差し出しあっているふりをしていても、実態は争い、奪い合うものだ。よくある例では、違う部屋にいる付き合いたい女を呼んで、早足とか、走ってで近づいてきてくれたら、少なからず好意を持ってくれている相手である可能性が大いにあると言えそうです。異性を愛する気持ちというものは義理という関係の鎖で保たれているのです。そこへほとんどの人間の本性は悪だから、そんな関係は自分の気持ちの基本でこだわらず全てたち切ってしまう。意中の異性と一緒に過ごしているとき、あなたとそっくりな動作をするか確認してみては?一緒の時間を過ごしているとき、意中の人が意識せずに同じしぐさをするようなら興味ありのサイン!二人で出かけた日、帰りは、そうしたくても引っ張らずに、別れたくないはずの場面でわざと離れ離れになると、今度も誘われたら今日みたいに楽しく会いたいと思わせるという現実があります。かのロミオ&ジュリエットで知られる、タブーを破る愛が激しく燃える理由は、二人以外の違う意見が愛し合う二人の心の結びつきをもうひとまわり掛け替えのないものにしてしまう意識が作用するものだからである。よく自分の姿を鏡で眺めている方は自分の容姿が劣っていると感じているときもあるのです。ですからそんな人には自信を持てるようしっかりとした言葉で「輝いているよ」とか「かっこいいよ」と励ましてあげることを忘れないで。そう、確かに実際の問題として大人になって想像してみれば言うとおり絵空事かもしれない。そういわれても、そうなってほしいとか、想像の世界だって言われても真剣に夢見てしまうのが恋愛なんでしょう。知ってますか?テーブル席の場合、目の前が相手の席なら、惚れている人の前のテーブルの上にはいろんな物(携帯や手帳それと水など)を置くのは避けろ。よけいな物があることでその人にプレッシャーを与える結果になるわけです。「近頃の若い人たちはどんなものでも手に入るからどうだこうだ」と多くの人に言われる。しかし、「どんなものでも手に入る」というのは大きな認識違いだ。心惹かれる彼氏あるいは夫、そして彼女あるいは妻は通常は手に入れることができない。結局、空は女性の恋する気持ちのようなものであり、海、それは男の恋する気持ちのようなものである。男女とも空の下やと海の上にのところに極限が隠れていることに気がつかないことが多い。飼っている動物を使うことでも、相手の自慢の部分を確認することが可能なのです。ペットというものは飼い主に似るもので、人間にしてみても、長く飼っている動物はその人の本当の姿が見える結論である。恋愛、それは、孤独を感じている人がひとりぼっちの孤独感を解消しようとする、そんな人の心であり、ということは愛が実際の生活の中で、もうひとまわり幸福に暮らすための唯一の営みである。普通の人は恋愛についての問題を「愛する側である」という立場や、「人を自分が愛する能力の課題」としてではなく、「愛される立場」というケースとして意識していることが多い。「今日のは俺が払うからさ、今度ぜひごちそうしてね(笑)」というふうにさらっと言えば、女性に罪の意識を受け止めさせないように、場を和やかにして、また今度の甘いデートにこぎつくようになる。